令和4年度歴代土御門家慰霊祭及び、易道連鑑定士章授与式が開催

令和4年9月18日(日)京都の梅林寺にて協同組合易道事業連盟主催による

歴代土御門家慰霊祭及び、易道連鑑定士章授与式が開催されました。 

梅林寺(土御門殿御菩提所)

山号:清香山(せいこうざん)

宗派:西山浄土宗(総本山 長岡京市栗生光明寺)

《略史》

梅林寺は門前に「土御門殿御菩提所梅林寺」の石柱があるように安倍晴明(あべのせいめい・921-1005年)公直系の子孫「土御門家」の菩提寺である。

安倍晴明は陰陽道の始祖と言われ、後に「土御門」の姓を名乗るようになる。その後困難の連続、特に戦国期は戦乱等により所領地であった名田庄(現在の福井県大飯郡おおい町名田庄:天社土御門神道本庁付近)に三代百年程にわたり避難された。

江戸時代に入り江戸幕府により梅小路の旧梅小路城跡の地を受領した。その(現在の浄土真宗円光寺及び周辺)広大な地に邸宅のみならず観測所や学問所(斉政館)、祭祀場等を構えた。また陰陽寮陰陽頭かつ公卿として宮中及び幕府に仕え、名目上「暦作成や天体観測の中心」となる。それだけでなく、尾張・三河万歳や文楽、算術・測量はじめ宗教学的・歴史的・文学的・文化人類学的諸々にも影響を与えている。

明治維新の版籍奉還および中央集権化施策により、土御門家は華族として東京に移り住む。同時に従来の権限は一切剥奪され、梅小路は数学はじめ天文学における中心地としての役割を終える。またその権限や役割は現在の国立天文台及び東京大学はじめ旧帝国大学に継承されている。

しかしその後も土御門家は諸学に影響し続けた。また近年では漫画や戯曲、オリンピックの演目で安倍晴明公はしばしば取り上げられている。また梅小路は工業地帯を経て産業遺産の地と化し、近隣には情報産業企業が集積されていることは過去の経緯を見て不自然ではないものと考えられる 。

〈梅林寺 副住職 太田俊明 資料参照〉